Column / 認知アクセシビリティ
凸凹を、強みに変える。
「認知アクセシビリティ」という、AIの使い方
「やろうと思っているのに、なぜか始められない」「手順が多いと、どこから手をつけていいか分からない」「書類の文字が頭に入ってこない」。 こうしたつまずきは、よく「やる気が足りない」「能力が低い」のせいにされます。でも、本当にそうでしょうか。 困っている人の多くは、サボっているわけでも、努力していないわけでもありません。ただ、その人の頭の使い方(認知の特性)と、まわりの仕組みの相性が悪い。それだけのことが、とても多いのです。
体の不自由な人のために、段差をなくしてスロープをつけるのがバリアフリーです。 それと同じことを、情報や手順、作業の進め方でもやろう——というのが、この記事で紹介する認知アクセシビリティという考え方です。 読む・覚える・段取りする・始める。そうした頭の負担(認知の段差)を、本人がうんと頑張って乗り越えるのではなく、まわりの環境や道具の側で一段下げてしまう。 そうすれば、誰もが今より楽に力を出せます。私たちは、その段差をならす道具として AI を使っています。
「凸凹」は、できる・できないの話ではない
発達の凸凹(でこぼこ)とは、能力が高いか低いかではなく、得意と苦手の差が大きいという意味です。 好きなことには驚くほど集中できるのに、興味の外のことは始めることすらつらい。 細かい作業は得意なのに全体の段取りは苦手、あるいはその逆。こうした偏りは、程度の差こそあれ、誰の中にもあります。
困るのは凸凹そのものではありません。世の中の多くの仕組みが「みんな同じようにできる」という前提で作られていることのほうです。 一律の手順、まとめて読ませる長い文章、口に出されない暗黙のルール。そういう環境の中では、凸凹は「困りごと」として現れます。 でも、まわりがその凸凹を受けとめられれば、同じ特性がそのまま「強み」に変わります。
「本人を変える」やり方は、なぜしんどいのか
苦手を直そうとする努力は、もちろん尊いものです。でも、それだけに頼る仕組みには限界があります。 毎回、本人が歯を食いしばらないと回らないやり方は、調子のいい日は何とかなっても、疲れている日にはあっさり崩れます。 「頑張れば何とかなる」という前提は、頑張れない日のことを計算に入れていないからです。
だから私たちは、人ではなく環境のほうを変えます。これは「人を変えない、環境を変える」という考え方です。 できないことを性格や努力不足のせいにせず、その人が力を出せる環境と道具を用意する。 訓練して「普通」に近づけるのではなく、凸凹のまま前に進める道を作る。これが出発点です。
AI は「環境の側」を変える道具になる
AI というと、人の代わりに作業をやってくれる「代行」のイメージが強いかもしれません。私たちの使い方は、少し違います。 AI を、本人を矯正するための道具ではなく、環境の段差を下げるための道具として使います。
たとえば暮らしの中なら、頭に浮かんだことを書き留めて整理し、「今やる一つ」だけに絞れるようにする。 始められないのは意志が弱いからではなく、選択肢が多すぎて頭が詰まってしまうからです。だから、環境の側で選択肢を減らす。これも認知アクセシビリティの一例です。
福祉の現場では、AI内製化プログラムが、個別支援計画書や連絡帳、行政に出す書類といった「言葉と様式の壁」を下げます。 ここでも代わりにやってしまうのではなく、現場のスタッフが自分で AI を使えるようになることを目指します。 道具を渡して終わりにせず、いずれ自分たちだけで回せるように手を離していく。誰かに頼り続けなくて済む状態を作ることが、環境を変えるということの本当の意味です。
認知の段差は、どこに現れるか
「認知の段差」と言われても抽象的なので、毎日の中で実際に現れる場面を四つに分けてみます。 どれも、本人が頑張って乗り越えるより、環境の側を一段下げるほうが確実です。
ひとつめは読むところ。長い文章や専門用語が続くと、中身に入る前に疲れてしまう。 要点を先に書く・一文を短くする・やさしい言葉を添える、といった工夫が効きます。AIは、同じ内容をやさしい言葉に書き直す下書き役になってくれます。
ふたつめは覚えるところ。覚えておくことが多いと、肝心の作業に使う力が削られてしまう。 手順や約束ごとをメモやチェックリスト、アプリといった「頭の外」に出しておけば、忘れる前提でも回ります。
みっつめは始めるところ。何からやればいいか決められず、最初の一歩で止まる。 選択肢を減らして「今やる一つ」だけを見せれば、この段差は下がります。
よっつめは段取りするところ。全体の見通しが立たないと、途中で迷子になる。 やることをあらかじめ細かく分けて、次の一手だけを順番に出す。AIは、ぼんやりしたゴールを具体的な手順に割っていく相棒になります。
暮らし・現場・学びの、三つの面で
認知アクセシビリティは、特定の場面だけの話ではありません。私たちは同じ考え方を、暮らし・福祉現場・学びの三つの面で道具にしています。
家族が放課後等デイサービスや児童発達支援を探すとき、情報の壁は「選びにくさ」として現れます。 ご家族の方へのページや放課後等デイサービスの選び方マップは、送迎15分の範囲や通える場所を地図で見渡せるようにして、その段差を下げます。 学びの側では、リトミック教室マップが、対象年齢や通いやすさで教室を比べられるようにして、「どこがいいのか分からない」という入り口の負担を減らします。
道具の見た目はそれぞれ違っても、貫いているのは一つです。 本人を変えずに、環境の側の認知の段差をならす。凸凹を、直す対象ではなく、受けとめる対象として扱う。
凸凹は、環境が変われば強みになる
体のバリアフリーでスロープができても、歩ける人が損をすることはありません。 むしろ、ベビーカーを押す人も、重い荷物を運ぶ人も、みんなが楽になります。認知の段差をならす設計も、これと同じです。 凸凹のある人だけでなく、誰にとっても扱いやすい環境になります。
AI は、その段差をならすのに、今いちばん手の届きやすい道具です。 大事なのは、それを「人を平らにそろえる」ために使うのか、「環境を整える」ために使うのか、という向きの違いです。 私たちは後者を選びます。困っている人が、凸凹のまま強みを出せる環境を、ひとつずつ作っていきます。
よくある質問
- 「認知アクセシビリティ」とは何ですか?
- 身体のバリアフリーが段差をなくすように、情報・手順・タスクの「認知の段差」をなくす考え方です。読む・覚える・段取りする・始めるといった認知の負荷を、本人の努力ではなく環境や道具の側で下げ、誰もが力を発揮できる状態を目指します。
- AIは「人を変える」道具ではないのですか?
- いいえ。ここではAIを「環境を変える」道具として使います。本人を矯正したり訓練したりするためではなく、書類・手順・情報の壁を下げて、その人のやり方のまま前に進めるよう、環境の側を整えるために使います。
- 凸凹(発達特性)は弱みではないのですか?
- 凸凹は、環境との相性の問題です。合わない環境では困りごとになり、合う環境では強みになります。環境の側を整えれば、同じ特性が力に変わります。
- 具体的にどんな道具がありますか?
- 福祉現場の書類業務を軽くするAI内製化プログラムと、放課後等デイサービスやリトミック教室を地図で見渡せる各種マップがあります。どれも「環境を変える」道具として作られています。